スピーチ&筆記録

「危機の中から好機をつかめ:真の国際協調主義に向けて」

2009年3月31日


ロバートゼーリック 世界銀行グループ総裁 ロンドン, 英国

スピーチ原稿

  • はじめに
     
    80年近く前、世界が大恐慌に向かおうとする中、20世紀の偉大な経済学者の一人であり、当時の英国を代表する人物でもあったジョン・メイナード・ケインズは、ここから数マイルの場所で開かれた英政府の委員会に出席し、官僚的な狭量さを捨て、より大きな視野を持つよう訴えました。
     
    この時はまだ、代表的著作の「一般理論」を発表する6年も前でしたが、ケインズはこの時点ですでにその洞察をあらわしていました。「これは悪循環である。お金がないから何も事業をしない。しかし、実は、何も事業をしないからこそお金がないのである」
     
    ケインズは市場経済を救おうとしました。彼は、共産主義とファシズムが台頭する時代にあって、市場経済が失敗した場合にどのような政治的結果が引き起こされるかを恐れていました。偏狭な利益にとらわれるのはやめようというケインズの呼びかけは無視され、大恐慌に対して各国は有効な対策を打てませんでした。各国は競って「近隣窮乏化政策」を進めました。そうして、破滅に至ったのです。
     
    それでも、危機の中で生まれたケインズの考えは今もなお影響力を持っています。ケインズが当時の仲間と作り上げた国際協調システムは今も残っています。我々は、現代の問題に取り組むため、このシステムを抜本的に改革しなければなりません。
     
    第二次大戦は猛威をふるいましたが、ケインズらの業績は行動によって裏付けられた考えをまとめ上げたことです。即ち、彼らの努力により戦後の世界経済の枠組みが構築されたのです。世界銀行グループ、国際通貨基金(IMF)、そして世界貿易機関(WTO)の前身の礎です。
     
    今日、我々は考えと行動を合致させることにしり込みしてはなりません。信認が失われている今、政府がきちんと問題に取り組んでいるという一般の信頼を取り戻す行動が求められています。やり過ぎのリスクより、やらなさ過ぎのリスクの方が大きいのです。
     
     
    現在の危機
     
    今週、世界の指導者たちがロンドンに集まる訳ですが、現在の世界情勢はケインズにとっても馴染みの薄いものではないでしょう。世銀が本日発表した最新の見通しによると、世界の経済成長率は昨年のプラス1.9%から2009年にはマイナス1.7%となります。これは、第二次世界大戦以降初めて世界経済がマイナス成長となるということです。さらに、財・サービスの国際貿易量もマイナス6%と、80年ぶりの大幅な落ち込みとなります。
     
    2007年に発生した金融危機は、瞬く間に経済危機へと発展し、現在は、雇用危機となって広がっています。途上国全体の経済成長は今年、大きく鈍化して2.1%にとどまる見通しです。中央・東ヨーロッパ、中央アジア、ラテンアメリカ・カリブ海の各地域ではマイナス成長が予想されています。
     
    今回の危機で、途上国は次々と押し寄せる大波に打たれています。この波の発生源は、先進国経済の急速な縮小と信用の逼迫です。経済のグローバル化によってこれまで何億人もの人々が貧困から脱け出せましたが、今度はその逆の展開となる恐れがあります。相互依存の世界では、負の衝撃もこれまで以上の強さとスピードで伝播するからです。
     
    途上国への民間資本フローは急激に減少し、2年前のピーク時に1兆2000億ドルあった純流入額は2009年には約3分の1となるでしょう。海外からの送金も減っており、2009年は前年比で5%以上減少する見通しです。
     
    さらに、先進国の行動には、ある程度理解はできますが、途上国をさらに窮地に追いやる結果となるものが含まれています。先進国政府による巨額の債券発行によって、健全な途上国の資金調達がクラウド・アウトされつつあるので、財政赤字の小さな途上国でさえ、借入が全くできないか、はるかに高いスプレッドでしか資金調達ができなくなっています。
     
    世界銀行では、調査対象となった109の途上国のうち84か国で2700億から7000億ドルの資金不足が発生するとみています。このように推計値の幅が大きいのは、どの程度民間債務の継続的借り換えが行われるか、またどの程度の資本逃避が起こるかという重要な2点について不透明だからです。
     
    それと同時に、需要の落ち込みにより工業生産が減少し、一次産品価格の下落が輸出依存度の高い国の財政を圧迫しています。景気後退の対策を賄う資金を調達できる途上国は全体のわずか4分の1に過ぎません。
     
    こうした展開は今後、社会危機や人道危機に発展する可能性があり、政治的な意味合いも帯びてきます。これまでは、ほとんど先進国の国内ばかりが注目されてきました。家や財産、仕事を失う人々のことです。確かに大変な苦難です。しかし、途上国の人々は、貯蓄も、保険も、失業手当もないばかりか、食物にも事欠く危機的な状況にあります。
     
    私どもは、今年、危機のために5300万人にのぼる人々が1日1.25ドル未満の生活という貧困に逆戻りする可能性があると見ています。この事態は、近年の食糧・燃料価格の高騰で1億3000万から1億5500万人が極端な貧困に陥り、その多くがいまだに立ち直っていない中、さらに追い討ちをかけるものです。
     
    2015年を期限としたミレニアム開発目標の8つの目標は既に達成が危ぶまれていました。今ではさらに遠くなったように感じられます。最も切迫した指標の一つである乳幼児の死亡率について世銀は、経済成長率の低下によって(これまでの推計よりも)今年の乳児死亡数が20万から40万人増加すると懸念しています。
     
     
    世界各地の状況
     
    今日の世界は互いに結びついていますが、今回の危機の影響は各地で異なって表れています。 
     
  • 中央・東ヨーロッパの国々は、他の地域よりも所得水準が高いにもかかわらず、最も危険な状態にあると言えるでしょう。冷戦終了以降、この地域の成長戦略は、貿易、投資、人の移動、送金を通じてEU及び世界経済との一体化を図ることでした。今回、こうした要因が失われたことで、特に大きな打撃を受けているのです。
     
    さらに、各国がユーロ通貨圏への参加途上にあったため、既に国内でユーロ建てやスイスフラン建ての融資が行われていますが、自国通貨が下落すると債務不履行リスクが増大します。中央・東ヨーロッパの銀行は、今やほとんど西側近隣諸国の銀行に保有されているため、資金引き上げのリスクを抱えています。東側における貸倒れが、ひいてはヨーロッパ全域の銀行を弱体化させかねません。
     
    もちろん、国ごとに状況は異なります。しかし、欧州統合という過去60年間で最も成功した経済的・政治的偉業の一つを支えた論理は、まさに、欧州各国が互いに協力し合うことにより、欧州全体として1+1=2以上の存在となるということでした。同様に、中央・東ヨーロッパ諸国は、過去の歴史を通じて、自国を隣国から差別化しようと試みるたびに、一国の弱点が地域全体の危険をもたらす結果となることを見てきました。
     
    さらに東に位置するウクライナの経済危機は、この国の政治的結束力と、おそらくは持続可能性さえも問うものとなっています。首都キエフの屋外広告の看板に何も描かれていないことは、将来の方向感が失われたことを暗示しています。国民が消費を増やすようせかされていた時からまだ3か月も経っていませんが、今や看板の3分の1は広告主を失い、好景気に沸いた頃の魅力的な看板も無地のボール紙と金属に取って代わられています。
     
  • 中央アジアでは、貧しい国々が何世紀にもわたる鎖国を解き、古き「シルクロード」をまさに再開せんとしていた矢先に、先行き不安に直面しています。昨年、出稼ぎ労働者から本国への送金がGDPに占める割合は、タジキスタンでは43%、キルギス共和国では28%でした。ロシアとカザフスタンの景気後退により、こうした労働者が帰国することになります。カザフスタン政府は、本年末までに失業率が12%に倍増すると見ています。石油ブームに沸いたアルマティは今、中断された建設現場に、止められたクレーン、無人の建物の町と変わり、図らずも未実現の期待を象徴するモニュメントとなっています。
     
  • ラテンアメリカでは、財政、通貨、金融のファンダメンタルズが以前よりも強化されており、危機の影響はまず、貿易と実体経済にあらわれています。今回の危機は、先進国では金融に始まり製造業やサービス業へ波及したのに対し、途上国では、まず生産部門が打撃を受け、その後、生産部門に融資を行う銀行が感染しました。メキシコと中米では、米国の需要の低下と送金の減少が打撃となっています。ブラジルは一次産品価格の下落に苦しんでいます。大規模な国内市場がある程度クッションとなっていますが、貿易の落ち込みが長引けばブラジルもさらに厳しくなるでしょう。チリやペルーなどの国々は、好景気の間に財政を改善し外貨準備を積み増したので、ある程度の余裕はあるものの、深刻な不景気が長引けば、景気の下降スパイラルが生じるでしょう。脆弱なカリブ海諸国は観光業が干上がって苦しんでいます。
     
  • 南アジアは、もともとあまり余裕がなかったところに、金融危機によって深刻な影響が生じています。インドは、資本逃避のために外貨準備を450億ドル失い、為替レートが20%以上下落した上、株式相場も50%暴落しました。社会的コストも高まっています。インド政府は、昨年10月から12月の間に、フォーマル・セクターの雇用が50万人分失われたと見ています。不安定ながらも民主主義を復活させたばかりのバングラデシュでは、ここ1か月の間に、4000人以上の出稼ぎ労働者が帰国したと報じられています。パキスタンは、新政権が過激派や憲法問題に悩まされる中、IMFプログラムを維持するため引き締めを行いました。
     
  • 東アジアは、世界の企業のグローバルな分業とサプライチェーンに堅く結びついていたことにより、今回の危機で打撃を被りました。カンボジアのような貧しく小さい国々は、主要セクターや市場の悪化の影響をもろに受けます。カンボジアは、唯一の主要輸出産業である衣料部門で約5万人の雇用が失われました。特に、衣料部門に従事していた若い女性たちが今最も危機的状況にあります。モンゴルでは、今も人口の3分の1を占める遊牧民世帯が、主な現金収入源であるカシミアの40%もの価格下落に直面しています。
     
    東アジアではより大きな国々も大規模な変化に取組んでいます。中国では、約2000万人の出稼ぎ労働者が製造・建設部門での仕事を失いました。内陸部に帰る者もいますが、行き先は小さな農地ではなく都市にとどまっています。中国は大規模な景気刺激策に着手していますが、私どもは、中国の成長率は2008年の9%から本年は6.5%に減速すると見ています。
     
  • アフリカは、グローバル化した貿易や投資のごく一部を占めるに過ぎませんが、世界の危機から免れているわけではありません。コンゴ民主共和国の当局者は、鉱山会社が生産を大幅に減らす中、カタンガ州でさらに35万人が失業しかねないと懸念を表明しています。また、ダイヤモンド価格の下落に伴い、中央アフリカ共和国の歳入は2008年比で50%減となる見通しです。ケニアでは海外からの送金が途絶えかけています。また、セーシェルなどの国々では雇用と外貨の重要な源泉である観光が2009年だけで25%縮小する見通しのため、景気の先行きが厳しくなっています。
     
  • 中東・北アフリカ諸国は、いまのところ信用収縮の影響が比較的軽微です。しかし、マグレブ諸国の中で改革を進めている国々も、ヨーロッパからの観光客を失ったり、ヨーロッパへの輸出先を失う恐れがあります。出稼ぎ労働者からの送金に依存する国々では今後、送金の減少と帰国労働者の流入にいかに対応するか判断を迫られるでしょう。産油国でさえ、民間セクターでの限られた就職機会や一次産品価格の乱高下が続く中で、失業中の若者と学校と生産性の高い仕事をいかに結びつけるかという難題に取り組もうとしていますが、前途は極めて不透明です。
     
    全世界的な特別な問題も発生してくるでしょう。女性や女子に対する危機の影響はすでに出始めています。女性の方が危機の不利益を受け易いのです。家計を切り詰めなければならない時、学校に行けなくなるのは女子の方が多く、家族で誰かが食事を抜かざるを得ない場合、栄養不良に陥るのも多くは若い女の子たちです。
     
     
    革新と行動
     
    過去と重なる経済状況もみられますが、今は1930年代ではありません。各国の中央銀行は十分な流動性を提供し、中には信用供与が維持されるよう従来にない手段で介入した中銀もあります。先進国はケインズの時代よりはるかに迅速に行動し、景気刺激策で需要を拡大しています。金融監督当局は、投資家が恐怖にすくんで機能不全となるシステミックリスクの発生を全般的に警戒しています。ブレトンウッズ国際金融機関も、各国の危機回避や対応のため介入してきています。これまでのところ、1930年代に実に有害だった保護主義への大規模な逆行は起こっていません。
     
    それでも2009年は危険な1年となるでしょう。自己満足にひたっている場合ではありません。やるべきことは全てやったと見せかけの確信を持つべき時でもありません。さらには、狭量な国家主義的対応や地域主義的対応で済む時でもありません。この1年の出来事から導き出せる確かなことは、一寸先は闇であり、どのような経路で不測の事態が突発するか予測することはできないということです。
     
    今後の課題に取り組むには、行動に裏付けられた革新の精神が必要です。
     
    迅速かつ柔軟でなければなりません。そして、問題の解決策を生み出す際は、各国政府、国際機関、シビルソサエティ、民間セクターなど多くのパートナーの資源とスキルを結集するものでなければなりません。
     
    こうした新しいパートナーシップ構築における触媒が求められています。
     
    先月、世銀グループは欧州復興開発銀行(EBRD)及び欧州投資銀行(EIB)と協力して、中央・東ヨーロッパ地域の銀行セクターを支援する総額245億ユーロにのぼる融資プログラムを導入しました。
     
    世銀グループの中で民間セクターを担当する国際金融公社(IFC)は、日本の国際協力銀行(JBIC)と共に、中小新興国の銀行資本増強と、小規模企業や個人向け融資の円滑供給のため、総額30億ドルの「資本増強ファンド」を設置しました。
     
    IFCは、ドイツ復興金融公庫(KfW)と共に、マイクロファイナンス機関の支援を目的に、回転資金の流動性を確保する5億ドルの基金を設置しました。起業家や小規模企業こそ、困難な時の最良のセーフティネットとなる新規雇用を提出してくれるからです。
     
    また私どもは、世界規模の景気後退が途上国の企業に与える影響を評価したり、いかにして民間資金を動員して企業再編や不良債権処理を支援したりするかについても検討しているところです。
     
    世銀グループの理事会は現在、新たな提案を検討中です。500億ドルの「世界貿易流動性プログラム」の立ち上げです。
     
    貿易の急激な落ち込みは、貿易金融が不十分なためにさらに悪化しています。対策として、私どもはまず、アフリカを中心とした途上国の銀行に対する貿易信用保証を30億ドルに引き上げました。ところが、保証だけでは不十分であることが判明しました。小規模な融資機関の多くは現地通貨建ての原資を調達できないからです。
     
    そこで、新設の「世界貿易流動性プログラム」には、世銀の自己資金10億ドルを投じる一方で、各国政府や地域開発銀行からも資金を動員します。これらの公的資金は、スタンダード・チャータード銀行、スタンダード銀行、ラボバンクなど、民間セクターの主要パートナーとのリスク・シェア・スキームを通じて活用されます。返済された資金は、再び貿易金融に再投入されます。また、世界貿易機関(WTO)と共に、各国の輸出信用機関の資源と経験を活用できるか検討します。
     
    G20諸国の指導者の皆さまがこの貿易流動性イニシアティブを支持してくださることを期待しています。G20諸国の支持は、モメンタムをさらに強め、同プログラムへの支援を広げられるでしょう。ブラウン英首相の設定された目標に向けて進めて行くことが可能となります。
     
     
    G20への呼びかけ: 国際協調の実行に向けて
     
    過去60年間の経済危機とは異なり、今回の危機は世界規模の危機です。世界規模の解決策が必要となります。
     
    今日のグローバル化された経済は、個人、企業、組合、各国政府が当事者となり、国内あるいは国境を越えて交易、投資、仕事、発明、交渉、生産を進めています。そのためにルールを作り、時には交渉によって守るべき条件や手順を定めています。G20は、こうした国際的システムの現実を変えるものではありません。しかし、国際協調を強化することにより、システムの長所を高め、経済的相互依存のリスクを緩和することができます。
     
    現在、グローバル・ガバナンスのための新たな組織や会合を求める声が高まっています。けれどもまずは、既存の組織の改革や機能強化から始めるべきではないかと提案したいと考えます。
     
    WTO、IMF、世銀グループ、地域開発銀行などは、国連機関と協力して、さらに大きな役割を果たすことができます。180以上の加盟国を擁するこれらの機関が、途上国や新興国のボイスや決定権を高めるよう改革を進めれば、各国と地域と世界全体の利益を相互に結びつけることにより、国家と相互依存の世界経済との橋渡しを強めることができます。
     
    各国指導者が新たな世界的責任体制やグローバル・ガバナンスを真剣に構築しようとするのであれば、まずは各国の政策を監視できるようWTOやIMF、世銀グループなどの機関の機能を強化し、国際協調を進化するところから始めるとよいでしょう。国家の意思決定プロセスを明白にすることは、各国の政策の透明性、説明責任、一貫性の実現に貢献します。
     
    そのための第一歩として、G20諸国は、貿易振興と経済的鎖国抑止のためのWTO監視システムを支持するとともに、市場開放、補助金撤廃、逆行の防止に向け、ドーハ・ラウンドの妥結を図るべきです。既に他国を犠牲にする措置など、保護主義がじわじわと進行し始めています。「あれを買え」、「これを買え」と要求するキャンペーン、「この人たちの雇用」、「あの国にはビザを出すな」といった例です。
     
    2009年という年が進むにつれ、失業率が高まれば高まるほど、各国指導者には問題の責任を他国へ転嫁する圧力が強まるでしょう。世銀の調査によれば、G20諸国のうち17か国が、昨年11月に保護主義を認めないと公約した以降に、貿易を制限する措置を実施しています。
     
    誰も、単発的な違反行為がパターン化することを望むはずがありません。それは、今回の危機と1930年代の最も重要な違いの一つが失われることになります。 
     
    世銀の支援の下、WTOルールに正面から違反するものでなくても、国際貿易を抑制するような行為を識別できるよう、WTOの機能を強化することを提案します。G20諸国がグローバル・ガバナンスの強化を適切だと考えるのであれば、公開審査で「名前を公表する」という「道義的勧告」を受け入れるべきではないでしょうか。
     
    第二に、今や多くの国々が景気刺激策を講じました。こうした対策は今回の景気後退による最悪の影響を緩和するという一定の効果を持つはずです。それでも、こうした刺激策が長期にわたって十分に効果を持つか誰も断定できません。また、刺激策の中身及び実施方法について起こるべき議論が起こっています。IMFは、対GDP比2%の世界規模の刺激策を提案しています。ところが、これまでの措置では2009年で1.8%、2010年で1.3%に過ぎないとみられます。しかも、2010年には世界中で刺激策が打ち止めになる危険があります。
     
    G20は、監視機関としてのIMFの役割を制度化し、こうした刺激策の実施状況を検証し、成果を評価し、必要に応じてさらなる行動をとるよう勧告するようにすべきです。 
     
    多くの指導者がIMFは危機に発展する前段階で「早期警戒」を発する役割を果たすべきだったとしています。そうであるなら、この危機から脱出するための各国の取り組み状況についてIMFに評価を依頼するのは合理的です。
     
    第三に、政府が不良債権を解消し、銀行システムの資本増強を行うことは極めて重要です。銀行システムを建て直さない限り、財政出動によって景気を回復させても、持続的な回復とはなりません。ケインズの時代、オーストリアのクレジット・アンシュタルト銀行の破綻後、各国政府は国際銀行システムが崩壊するのを黙認しました。一方、今日では、財務大臣・中央銀行総裁会合がシステムの安定を図ってきました。しかしコンフィデンスは低迷したままです。損失が透明な形で認識され、銀行の先行きが明確になるまで、民間資本を危険にさらすような新規投資は控えられるでしょう。景気回復は、金融セクター以外から始まる可能性もありますが、融資が行われなければ回復は行き止まるでしょう。
     
    銀行資本増強に政府資金を充てることは政治的には、容易ではありません。銀行は好かれているとは言い難く、特にその救済となればなおさらです。それでも、指導者は、人々の暮らしのためにはウォール街やロンドンの金融街シティが健全であることが必要だと説明する必要があります。
     
    G20諸国は、銀行セクターにおける行動と結果を監視するようIMFと世銀グループに指示すべきです。我々はすでに「金融セクター評価プログラム(FSAPs)」を通じて途上国で協力しています。先進国の状況についても、結果を公表し、その内容を真剣に受け止め、フォローアップを行う形でフィードバックができるはずです。
     
    第四に、我々が過去の過ちを解消する一方で、G20諸国の指導者は当然、金融規制監督体制の抜本的見直しを期待されるでしょう。金融規制に関する実際の権限の大半は各国政府に属します。しかしもっと効果的で深い国際協力の必要性もあります。イタリア中央銀行のマリオ・ドラギ総裁の卓越した指導力により「金融安定化フォーラム(FSF)」はその取り組みを始めました。 FSFは、より広範な参加を得て、強力な国際協調システムのため、IMFや世銀グループと実施面で協力する新たな重要な機関となる可能性があります。
     
     
    将来に向けて: 解決の枠組みへの途上国の参加
     
    世界危機への対応にはもう一つ、第5の要因が残っています。それは途上国です。ロンドン、ワシントン、そしてパリでは、ボーナスが出るか出ないかが関心事です。しかし、アフリカや南アジア、ラテンアメリカの一部では、食糧があるのか、ないのかが切実な問題なのです。今日の危機により途上国とそこに暮らす人々は大きな危険にさらされています。しかし、途上国自身もその解決に重要な役割を果たせます。
     
    途上国支援のため、景気刺激策の1%とは言わなくとも、せめて0.7%を「脆弱国基金」に投じることを、私が先進国に呼びかけてきたのはまさにそのためです。これは新たな官僚組織を作るのではなく、既存の国際協調メカニズムを利用して、セーフティネット・プログラム、インフラ、中小企業の資金繰りを支援しようという考えです。各ドナーは、世銀グループの足の速さが特徴の融資制度、国連機関、地域開発銀行を利用できます。ドイツ、日本、イギリスはすでに拠出を約束しており、さらに多くの国々からの支援を期待しています。
     
    1980年代のラテンアメリカ債務危機や1990年代終盤のアジア通貨危機の際、資金不足に見舞われた各国政府は、社会プログラムを切り込みました。そのために一番苦しんだのは貧しい人々です。その結果、社会不安、略奪、さらには暴動が引き起こされました。
     
    G20はこうした過ちから学ばなければなりません。
     
    社会プログラムへの移転支出は、消費の刺激に加え、危機の最悪の影響から貧困層を保護する点で効果を上げています。条件付現金給付や栄養価の高い学校給食プログラムは、対象を絞ることができる上、GDP比1%以下という比較的低コストでも効果を上げることができます。メキシコの「オポルチュニダーデス」やブラジルの「ボルサ・ファミリア」など、成功したプログラムのコストはGDPのおよそ0.4%、エチオピア最大のセーフティネット・プログラム「生産的セーフティネット」のコストはGDPのおよそ1.7%です。
     
    G20主要国は、金融危機に対する「早期警戒」システムの導入、新たな金融規制体制の確立、そして、より大規模な介入を可能にするIMFの組織強化を呼びかけています。
     
    それでは、貧しい人々のための「早期警戒」システムも導入すべき時ではないでしょうか。危機から最も深刻な影響をこうむる人々、特に、危機の発生に責任のなかった人々への支援体制をつくることが求められているのではないでしょうか。
     
    最も危機的状況にある人々に対するセーフティネットを支援し、その資金を賄う体制を確立しようというコミットメントは、主要先進国グループが、金融システム再建はサミットで取り上げても貧困問題は黙視するなどといった二面性を持たないことを確認する重要な役割を果たすでしょう。
     
    また、雇用創出を可能にする一方、将来の生産性と成長の基盤を構築するインフラ・プロジェクトに投資する必要もあります。 
     
    1997-98年の危機の際、中国は、道路、港湾、空港、エネルギー、通信に投資することで、雇用を支えながら、その後10年間の成長を促進させました。他の諸国も、資金的支援と健全なガバナンスがあれば、同じようにして、生産設備をつくって融資を返済することが可能です。その一方で、途上国は、先進国の資本財やサービスに対する需要を含め、世界規模で需要を拡大させるでしょう。実際、途上国向けインフラ投資は、恐らく、先進国で無用な橋を建設するより、生産性と成長を促進する可能性が大きいです。
     
    過去10年にわたり、アフリカ総人口のおよそ3分の2が住む25のサブサハラ・アフリカ諸国は平均6.6%の成長を遂げてきました。これは好機といえます。ところが、インフラ不足が大きな障害となって、企業の生産性は約40%低下しています。これは域内統合にも悪影響を与えます。我々の予測では、インフラ整備によってアフリカの成長率を2.2%引き上げることが可能です。
     
    農業面でも同様です。所有権、種子や肥料の提供、灌漑、道路や倉庫、販売など全てのバリューチェーンを通じてアフリカの農業生産性向上に向けた投資を行えば、小規模農家が貧困の悪循環を断ち切るのに役立つ可能性があります。
     
    貧困層に配慮した持続可能なグローバル経済では、途上国も含めた複数の成長の極を形成する必要があると認識すべき時が来ています。
     
    途上国にも問題解決のための役割を担ってもらうのであれば、会合の場に席を用意しなければなりません。G7は、国際経済の現実を反映させて参加国を増やすことができませんでしたが、G20にはそのチャンスが残されています。とはいえ、20か国では、まだ160か国以上がとり残されます。多くの国が加盟する国際機関は、G20と世界の他の国々との結びつきを支えることができます。
     
    大きなグループが責任を共有し、一貫性のある共通の目的を設定することは容易ではありません。G20の枠組みの中では、既に様々なブロックが誕生しつつあります。EUは、加盟8か国で共通のポジションを示そうとしました。ブラジル、ロシア、インド、中国のBRICs4か国は共同声明を用意しています。こうした展開は想定内かも知れませんが、より多くの国が参加する新たなグループの中で先進国と途上国の間に断層が生じるとすればそれは不幸なことです。 
     
    むしろ、世界最大の先進国である米国と、世界最大の途上国である中国が、共通の土壌を見出すべきでしょう。中国と米国は共に最大規模の景気刺激策を講じています。とはいえ、米国の刺激策は消費に大きく依存しており、一方の中国は生産能力拡大のための投資に注力しています。長期的にみると、この不均衡は持続不可能です。両国は、危機からの回復の過程で、協力してお互いのマクロ政策の再調整をする必要があるでしょう。米国は、財政規律と消費抑制による貯蓄増大、中国は、消費、公共サービス、中小企業の機会の拡大です。両国の国益を合致させることで、共通の大きな利益を高めることが可能です。
     
    米中のG2がG20の枠組みの中や開発分野全体でしっかりと協力関係を結べば、新たな国際協調主義の礎を築くことができましょう。新たな国際協調の下では、単に国家が集まっただけではなく、経済的相互依存関係で結ばれた国家から生まれた国際システムであるという現実を認識しなければなりません。
     
    この新たな国際協調主義では、新興経済大国は、世銀やIMFといった国際機関の運営により大きな発言権を持つことが求められるでしょう。これは正しいことでもあり、避けられないことでもあります。1944年にケインズがブレトンウッズ会議に出席した当時から、世界は大きな変化を遂げてきました。我々も共に変わらなければなりません。
     
    世銀の総務会は、途上国の影響力を増大させるための改革の第一段階を承認することで今年の活動をスタートさせましたが、私どもはさらに踏み込んで、議決権と理事会議席について更にバランスを図らなければなりません。こうした変化のためには、ヨーロッパと米国の両方が過去の特権や支配権について再考することが求められます。実際にどう進めるかは各国政府の判断です。しかし、各国には是非とも大胆かつ、長期的視野で臨んでいただきたい。新興国もまた、開発援助の増額を含め、権利には責任が伴うことを認識する必要があります。新興大国の存在を認識する一方で、力の弱い国々を犠牲にしてはなりません。
     
    改革は遅れています。数か月前に私がセディージョ元メキシコ大統領に世銀グループのガバナンスに関するハイレベル委員会の議長を務めていただくよう要請したのはそのためです。この委員会の提言は加盟国による討議に有用なインプットとなるものと期待しています。 
     
     
    今後の課題
     
    我々は過去60年にわたり、市場経済が数億人を貧困から救い、自由を拡大してきたかを目の当たりにしてきました。その一方で、野放しの欲望や無謀さによって、せっかくの進歩を無駄にしてしまったかも見てきました。21世紀には、人の顔が見える市場経済が必要です。人間性の加わった市場経済とは、個人や社会に対する責任を認識するものでなければなりません。
     
    ケインズがブレトンウッズ会合で最後のスピーチを行った時、世界ではまだ戦争が続いていました。偉大な構想の中で、まだはっきりしない組織の設立を伝えるニュースはさして重要には聞こえなかったようですが、これらの組織こそが戦後体制の礎となったのです。
     
    間もなく開催されるG20サミットには主要国の指導者が集まります。各国の協調的な行動が不可欠です。指導者たちは、引き継がれてきた国際機関を改革し、増築し、引き出し、活用して行くべきでしょう。G20が運営主体の役割を果たすなら、国際機関はアイデアと実際的な行動を通じて今回の危機の解決に貢献できます。
     
    我々は今回の危機から好機をつかむに当たり、ケインズがブレトンウッズ会合の閉会の辞として述べた言葉を思い出すとよいでしょう。「この小さな作業に着手した我々がより大きな作業を続けて行けるのであれば、世界には希望がある」。ご清聴ありがとうございました。
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