港湾は国際貿易の要であり、とりわけ低・中所得国にとって極めて重要です。世界全体で年間110億トンを超える貨物を取り扱い、数百万人の雇用を支えています。しかし、近年、港湾では効率性、気候変動に対するレジリエンス、持続可能性のバランスをいかに確保するかという課題が一段と大きくなっています。こうした複合的な課題にうまく対応するための新たな選択肢として、港湾当局では自然を活用した解決策(Nature-Based Solutions:NBS)が注目されています。
NBSは、従来の工学的手法と組み合わせつつ、自然プロセスをインフラ建設や運営オペレーションに組み入れるもので、気候変動に対するレジリエンスの強化や環境保全の推進、持続可能性の向上や開発目標の達成に貢献する可能性を秘めています。また、港湾がソーシャルライセンス(社会的操業許可)を維持し、沿岸地域の関係者との関係を深め、官民連携を促進していくうえでも重要な役割を果たします。
ガイダンスノート『港湾における自然を活用した解決策:NBS導入の全体像―機会と課題』は、港湾当局、港湾計画担当者、政策立案者、インフラ専門家、(投資家などの)資金提供者を対象に、NBSの導入に向けた原則や機会、事例を整理したものです。本資料は、日本政府の支援のもと、世界銀行、防災グローバル・ファシリティ(GFDRR)、 PROBLUE、EcoShapeが共同で作成しました。
NBSの本質的な価値は、生態系サービスを活用し、従来型のインフラでは容易に代替できない形で、港湾のガバナンスや開発課題に対応できる点にあります。さらに、NBSは従来の工学的手法と補完し合う形で、既存インフラの改修や機能向上を後押しするハイブリッド型の解決策にもなります。NBSは災害軽減や生物多様性の保全、水質改善、炭素吸収、さらにはレクリエーション空間としての活用といった利点を持ち合わせており、これらは設備投資や維持管理コストの削減をはじめにさまざまな面で好ましい成果を生み出すものです。
同ガイダンスノートでは、港湾のレジリエンス向上に向けたNBSの導入機会を、以下の4つの主要分野に分類しています。
「沿岸システムとの協働」―(潮流や堆積物の動きなど)沿岸部の自然プロセスを取り入れ、港湾内の堆積問題などに対応しつつ、立地やデザインを最適化していく手法
「波の影響や沿岸部の変動の緩和」―(植生や石などの自然要素による沿岸保護アプローチである)リビングショアライン、サンゴ礁、植生、景観の特徴を活用して、波の影響を抑え、堆積物の動きを制御し、暴風雨の影響を軽減する解決策
「浚渫土砂の有効利用」―浚渫(しゅんせつ)によって生じた土砂を再利用したり、NBSプロジェクトと連携して浚渫活動を行ったりすることで、港湾の初期投資や維持管理にかかるコストを削減するアプローチ
「グレーインフラの改良」―小規模な生息環境(マイクロハビタット)の整備などの改修を行うことで、従来型の港湾インフラの環境価値を高めていく手法
本ガイダンスノートには、各分野におけるNBSの実際の活用例を示したケーススタディも掲載されています。例えば、ナイジェリアのレッキ砂州防波堤は、港湾内の堆積物の移動を助け、波の作用を調整することで、建設期間や建設コスト、維持管理の負担を軽減しています。ほかにも、インドネシア・ジャカルタのバタビア港は、老朽化した施設の課題に対応するため、地元の資材とマングローブを用いて防波堤を補強し、漁港を拡張しました。地盤沈下や海面上昇などの課題に直面する同地域にとって、こうした手法は非常に有効なアプローチとなっています。