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特集 2020年11月13日

人事が語る~グローバルキャリア構築のための処方箋~ ブログシリーズ 第5回 世界銀行グループが求める次世代リーダーシップ (佐藤永子 上級人事専門官)

世界的規模で猛威をふるう新型コロナウィルス感染症危機の収束の目途が立たない中、多くの国々が段階的な経済活動の再開を進めています。コロナ禍からの世界経済回復の動向が不確実・不透明な今後は、正に VUCA1世界であると言えるでしょう。 

今回のブログでは、予測不能な復興を踏まえ、世界銀行グループが求めるリーダーシップ要素・能力・リーダーシップのあり方とはどういうものか、また世界銀行グループがリーダーシップの素質を高めていくためにどのようなサポートをしているかに焦点を当て、いくつかご紹介させていただきます。 

 

求められるリーダーシップ要素・能力 

振り返ると、2019年は世銀グループにおいて旧人材育成プログラムを一新するという変化の年であったと言えます。新プログラムの発案・作成前段階で、まず世界銀行グループが求めるリーダーシップ要素、能力、リーダーシップのあり方を管理職だけでなく、職員などを対象に幅広く調査しました。その結果によると、管理職・職員ともに、心の知能指数・感情知能(EI)を最も重要なリーダーシップ要素に挙げました。管理職の80%が自他共にEIの高さが重要であり、そしてさらなる向上を求めると答え、職員のうち、回答者の83%が、管理職、そして将来の管理職に就くであろう人材が持つべき最も重要なリーダーシップ要素はEIであると答えました。 

ではEIとは一体何なのでしょうか。様々な学術所説はあるものの、EIはダニエル・ゴールマンのビジネス著作で一気に世界に広がりをみせました。ゴールマンによると、EIは主に次の5つの要素、1)自己認知力、2)自己抑制力、3)楽観性、4)共感性、5)社会性、から成り立っているといわれています。EIは何よりも知的指数(IQ)だけでは計り知れない人間の心の知能を図る情動指数として、人材育成分野などでは幅広く使われてきていた比較的新しい概念です。 

5つの要素を簡単に説明すると、自己認知力とは、自分の感情の機微を常に冷静に把握し、それが他者に与える影響の良し悪しを十分に認識、理解する能力を指します。自己認知力が高いリーダーは自己認知力が高いだけではなく、厳しい状況下に置かれたときに冷静な判断ができるという相乗効果も確認されています。人材育成分野においては自己認知力が高いリーダーは自分の弱点なども十分認識・把握しており、自らそれについて話すこともできる傾向にあることが確認されています。 

自己抑制力とは、自己の一時的、突発的な感情に支配されることなく、感情を抑制できる能力を指します。自己抑制力の高いリーダーはチーム内で発信される感情やストレスのシグナルを放置せず、メンバー各々が情緒反応をコントロールし適切に対応できるように積極的にサポートする能力を発揮することが、自己抑制能力が低いリーダーと比べると群を抜いて高いことが確認されています。 

楽観性とは、他者にモチベーションを与える能力を指します。目まぐるしく変動する今、リーダーは変革に向かってメンバーを巻き込む必要があります。周りの人がどのようなことからモチベーションを得て士気を高めることができるか注意深く観察し、個別に適応することでチームの意識を高めていくことができる能力を指します。 

共感性とは、他者を深く理解しようとする姿勢と能力を指します。共感力が高い優秀なリーダーは、他人の状況に自分を置き換え、他者が置かれている立場・状況などを想像できる能力に長け、他者の感情の機微を敏感に読み取り、どのような言葉で話すべきかを常に考えることができるという性質が報告されています。 

社会性とは、常にチームとネットワークで仕事が成し遂げられることを深く理解し、意識的に他者との人間関係を育むことのできる能力を指します。社会性の高い優秀なリーダーは他者のアイデアを広い心で受け入れ、肯定的かつ効果的に衝突を解決する能力に長ける傾向にあります。そして、意見が違う場合でも他の人に敬意を払って人の話を聞く能力に長けていると言われています。 

EIが突出した最重要リーダーシップ要素であることが調査で判明したことが、世界銀行グループで2020年初頭より導入された新人材育成プログラムの概要に大きな影響を与えたことは言うまでもありません。 

 

EIから読み取るこれからのリーダーシップ 

第2回のブログでも紹介したように、世界銀行グループは国際舞台で経験を積み、専門性の高い開発のプロフェッショナルが集まっている職場です。今回の調査結果が示唆することは、世界銀行グループ全体で、かつてリーダーや幹部職員面接などで重きを置かれ、求められていた高い専門知識だけではこれからの組織をリードしていくには不十分であり、高いEIも必要であるという認識が広がっているという結論です。この結果は、人材育成戦略の確固たる基軸となると共に、プログラムの方向転換に影響を与えることに繋がりました。 

幅広い層を対象にした今回の調査の結果は、管理職・職員の垣根を超え、一個人として、また世界銀行グループ職員として、理想のリーダーに求められるのは専門的知識と、高い人間力がある人材といえるのではないでしょうか。また、今回の調査結果は、いかなる状況においても最適な手段を活用し、組織の適材適所から協力を得て、困難な状況、正にVUCA世界を切り抜ける為に、チームの士気を高め、結果に導くことができる人材を求めているということに繋がっていくと思います。このような並外れた能力を持ちながらも、人間として他者と共感し繋がることができる人という印象が浮かびます。あなたの周りをみわたすと、思い浮かぶ人物がいるかもしれませんし、もしくはあなた自身が他者からそう思われているかもしれません。

 

世銀グループがリーダーシップ潜在素質を高めていくためのサポート 

IQと異なりEIは流動的で常に向上できるものです。世界銀行グループでは優秀なリーダーに必須とされるEIの潜在素質を伸ばすサポートに力を入れ取り組んでいます。具体的には、フィードバック、コーチング、メンタリングの3点です。 

フィードバックは、EIを高める為のツールとして活用しています。プロジェクトメンバーから専門知識以外の分野でのフィードバックをもらい、リーダーとして専門的能力に加え、人間関係を構築するために不可欠な対人スキルを磨くために大変有効な手段の一つとして活用されています。 

コーチングとは、リーダー自らがコーチングを受けることではなく、あくまでも自らが「コーチ」となって、自分の部下など他者に対し、指示しすぎることなく目標達成することを「促す」ためにどうすればよいか、知識、専門技術をもって支援する方法を身につけるコーチングを指します。リーダーは時には指示を出すことも大切ですが、あくまでも部下・チームの潜在能力を何十倍にも引き出すのが重要な役割だという認識へと変わってきています。それは世界銀行グループでも顕著に見える変化です。そんな中で、リーダーであると同時に優秀なコーチになることが益々重要視されています。リーダーが高いコーチング能力を持ちリードしていくことで、個々の職員に責任感、信頼感を芽生えさせ、主体的に問題解決などに取り組むことができるようになります。コーチング能力が高いリーダーと、その部下・チームの仕事に対する士気・やりがい指数、チームワークの高さなどは比例するとさえもいわれているぐらい、リーダーに求める「管理能力」は過去の「指示・方針」から「主体性」を引き出すものへと大きく変わりつつあります。 

メンタリングは、新入社員定着や育成のためだけにあるものではありません。世界銀行グループでは初めて管理職に就いたマネージャーやダイレクターなどがメンターとなり、リーダーとして率直に話し合う場として活用され、管理職経験豊富な上級管理者との対話を通し、管理職能力向上を図るプログラムです。 

 

まとめ 

今回の調査結果は、世界銀行グループにおけるこれからの面接・採用にも幅広く大きな影響を与えています。面接採用人事に関わる職員への研修は勿論のこと、面接での質問も専門知識とあわせて候補者のEIに関する面接質問も多く含まれていく予定です。また世界銀行グループが行っているヤング・プロフェッショナル・プログラムでもEI査定などを含むリーダーシップ潜在能力テストが実施される予定です。 

自己のEI向上の為に何よりも重要なことは、人と人との繋がりを通じて学びあうことができる「人間関係」を築くことから始まるのではないでしょうか。常に学び求め、学び続けるリーダー・組織であり続ける為、世界銀行グループは面接・採用から始まり、人材開発、リーダーシップ育成に力を入れています。 

 

1 変動性・不安定さ(Volatility)、不確実性・不確定さ(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性・不明確さ(Ambiguity)の頭文字。

 

筆者略歴

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佐藤 永子 世界銀行人事総局上級人事専門官
Eiko Sato,  Senior HR Specialist, Talent Management

ハワイ大学卒後、コロンビア大学ティーチャーズカレッジ進学。国際開発教育平和学 教育修士号を取得。卒業後は国連開発計画(UNDP)ニューヨーク本部勤務後、2012年国際金融公社(IFC)ワシントン本部に移り、人事専門官・上級人事専門官を歴任。2015年より2020年までプログラムマネージャー(リーダシップ&マネジメント)として世銀総裁人材育成プログラム(Presidential Leadership Program)など世界銀行グループにおける多才な人材育成、リーダシップ・マネジメント開発に携わる。

2020年より現職、人材開発戦略サクセッション・プランニング(短期・中期・長期それぞれの視点で潜在能力を持っている人材をそのポジションに就くまでに必要なトレーニングや業務経験を積んでもらう業務)を担当。



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