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特集2022年5月24日

人事が語る~グローバルキャリア構築のための処方箋~ ブログシリーズ 第15回 「西尾副総裁の十戒」〜キャリア構築における10のアドバイス (戸崎智支 HRビジネスパートナー)

最貧国74カ国への資金援助を行う世界銀行グループの国際開発協会(IDA)。コロナ禍からの回復や喫緊の課題である気候変動に対応すべく、1年間前倒しされた第20次増資交渉(IDA20)の最終会合が日本主催で2021年12月に開催され、過去最大規模となる930億ドルの増資が合意されました。そのIDA20の増資交渉を主導したのが西尾昭彦開発金融総局(DFi)担当副総裁です。

2019年コートジボアールにて

2019年コートジボアールにて

西尾副総裁は1988年、ヤング・プロフェッショナル・プログラム(YPP)で世界銀行に入行以降、様々なポジションを歴任し、DFi副総裁就任以前は、公正成長・金融・制度(EFI)担当副総裁代行とEFI戦略・業務局長を兼任しました。それ以前は、IDA担当局長、南アジア地域担当戦略業務局長、世界銀行研究所業務局長、中国担当プログラム・コーディネーター、農村開発局のインドネシア担当エコノミスト等を務めています。

世界銀行グループ幹部としての業務の他、日本人職員採用に力を入れており、これまでに何度か日本人採用ミッション団長として来日し、最近は世界銀行外の招聘でキャリアセミナーを行い、国際開発援助分野での活躍を目指す日本人に向けたメッセージを発信しています。中でも、これまで世界銀行内部の日本人向けのキャリアアドバイスとして公開されていなかった西尾副総裁のキャリア十戒が好評を得ています。非常に反響が大きく、人事部にも問い合わせが相次いだことから、今回は本人への再取材を経てこの人事コラムで紹介いたします。

西尾副総裁作成のプレゼンテーション
2022年初頭に実施された日本人職員会向けオンラインキャリアセミナー。(西尾副総裁作成のプレゼンテーション)

西尾副総裁は、世界銀行グループでのキャリアに加えて、前職での経験を含め国際開発金融の世界でさまざまな経験を積んできましたが、そのエッセンスをまとめたのが、「キャリア十戒」です。35年近い経験を反映して、アドバイスより強いメッセージで10の戒めという言葉が使われていますが、グローバルキャリアを目指す方々にとっては、普遍的かつ有意義なものであると思います。西尾副総裁の言葉をもとに、一つひとつ解説していきたいと思います。

 

  1. 勉強する
  2. 成果を出す
  3. 基盤を作る
  4. 仕事を取りに行く
  5. 出張し、駐在する
  6. 自分で仕事のハードルをあげていく
  7. 自分をアピールする
  8. 人間関係を大切にする
  9. 自分の評判をコントロールする
  10. チャンスをつかむ、失敗を恐れない


1番目の「勉強する」ですが、世界銀行の業務には、途上国の開発問題に関連する特定分野で大学院レベルの知識や実務経験を通して得た専門知識・技術が必要とされます。これは、職員に求められる資質で最も重視されるものでもあります。入行時の選考プロセスでも重要な要素になっていますし、現役職員も、常に新しい知識をもって開発の諸問題に対応していくために日々鍛錬が求められます。西尾副総裁は職員向けに「常に事前に宿題をしましょう(Do your homework)」と具体的アクションも示しており、例えば会議出席時には事前に資料を読み込み、背景知識を補強し議論に貢献できる準備をしておくことの大切さを述べています。こういった努力は結果的に自分の知識としての蓄積となるということを自身の経験から伝えています。

そして、2番目の「成果を出す」は、自分がどんな成果物(例えばペーパーやその一部)をチームやプロジェクトに残したかということを明確に示すことができるようにしておくことの大切さを説いています。日本的な組織文化ではチームのメンバーであることが優先される状況もあるかと思います。もちろん世界銀行でもチームワークは大切ですが、それ以前にそのチームに対して自分が提供した成果物を常に具体的に示すことができるようにしておくことが大切です。世界銀行内部では、こういった行動を推奨する組織風土はDeliverables Cultureと呼ばれていますが、世界銀行グループ・コア・コンピテンシーのトップにも言及されています。(日本でも外資系企業の職場等を中心に、成果主義企業文化とも言われています。)

 

The five World Bank Group core competencies are:

  • Deliver Results for Clients
  • Collaborate Within Teams and Across Boundaries
  • Lead and Innovate
  • Create, Apply and Share Knowledge 
  • Make Smart Decisions

(The World Bank Group (WBG) Core Competenciesより抜粋)
 

十戒の3番目、「基盤を作る」では、世界銀行グループの中において自分のベースとなるようなコミュニティーを確保し、そこを足掛かりに活動の幅を広げていくことの大切さを説いています。例えば、灌漑の専門家であれば持続可能な開発プラクティス・グループの水セクターであったり、公衆衛生の専門家であれば人間開発プラクティス・グループの保健セクターであったりと様々ですが、それぞれの本拠地で、専門家として認識されることは長期にわたる活躍に必須だと話しています。またこうした本拠地を持つことは、自らの知識や経験を深め、時には他セクターや間接部門に水平展開してキャリアの幅を広げていくことを可能とする礎であるとも言えるでしょう。なお人事部でも、キャリアセミナー等で、世界銀行で求められる人材像(専門性・資質)を表す際に、T型のモデルという概念を紹介していますが、西尾副総裁の説明する基盤とは、この人材モデルで自身の専門性 を深め、揺るぎない足場を築く場ということになります。

順番は前後しますが、5番目の「出張し駐在する」は、途上国の現場で得た経験を、自らの知識とともに活かすことに加え、自分の「持ち場」を確保するチャンスでもあります。特に、ここ数年の流れとして世界銀行グループでは、人事の現地化で各地域、国事務所への機能移転やスタッフ拠点移転を進めており、途上国経験はキャリア構築において重要な要素となっています。

以上のアドバイスで示されている事は、世界銀行グループキャリアガイドにも明確に記載されており、これは、世界銀行グループの現役幹部である西尾副総裁が自らのキャリア構築、そして後進指導の場面で実施しているという点で非常に意義深いと思われます。

4番目の「仕事を取りに行く」については、西尾副総裁は、誰かの指示を待つのではなく、面白そうな仕事は「やります、できます、やりたいです」と自分で獲得していくことを提起しています。私自身も含め、日本で教育を受け、日本の組織でキャリアをスタートさせた者には、上司から仕事を振り分けるのを待っている姿勢が身についてしまっている事も多いため、この戒めを当然の行動として、日々実行に移すことはハードルが高いと思われます。実は、私自身も世界銀行入行2年目の業績評価で、この点を上司から指摘されて、それ以降は、面白そうな仕事があれば意識して自ら名乗りでるようにしています。

そして6番目の「自分で仕事のハードルをあげていく」、そして7番目の「自分をアピールする」についてですが、世界銀行グループでは、基本的に空席募集で専門家の即戦力採用という人材獲得戦略を展開しているので、日本の会社や役所のように、新卒一括採用で集合研修を施したり、人事部が中心になって一元的に昇進や異動を管理したりという仕組みは存在しません。また、各部門の上長にも、それぞれの職員の知識レベルに見合った育成を考える余裕があるとは限りません。よって、自らのスキルレベルを客観的に評価し、現在の仕事、今のスキルや経験ですぐにでも自分ができる仕事、そして少し背伸びすればできる仕事と、自ら意識して徐々に経験の幅を広げていくことが大切です。そして、そういった自分のスキルや経験のアピールは必須です。西尾副総裁は、よくエレベータースピーチの話を例に挙げますが、自分が興味がある部門のマネージャー等とエレベーターホールで偶然遭遇した時等、ポイントを突いて簡潔に「自分はマクロエコノミストであり、オペレーション経験もあり、分析業務得意である。西アフリカに駐在経験があり、フランス語にも堪能である」等のアピールをいつでもできるように準備しておくことを強く奨めています。

8番目に、人間関係の重要さを挙げていますが、世界銀行グループも日本の組織同様に、上司部下間や職員同士の人間関係は、仕事の成果や自身のキャリアに大きく影響します。一見専門知識重視の組織文化と相容れないように思われるかもしれませんが、世界銀行グループのように様々な国の出身者、自らと異なる文化背景を持った同僚との関係では、ちょっとしたミスコミュニケーションが大きな誤解に繋がったりすることもあるので、仕事をするうえでの大前提として、職場における良好な人間関係の構築は常に意識するとよいでしょう。異なる国籍、人種、文化の人達と同僚として付き合えることは世界銀行という職場の大きな魅力だと言えます。

また、人間関係とも関連しますが、西尾副総裁は、自分の評判をうまくコントロールすることの大切さを十戒の9番目に挙げています。2番目で述べた成果主義(Deliverables Culture)に相対する概念として、Reputation Based Cultureとも言いますが、世銀内部では内部の空席募集時や昇進等の精査の際などの場面で、採用マネージャー等採用権限を有する者が、当該職員を知る他者に対して非公式に照会をすることがあります。人物評価や細かい技術的背景等、人事評価や面接では測ることのできない部分を確認するデューデリジェンスの意味合いもあります。よって日ごろから、人や仕事と誠実に向き合い良い評判を築くことが大切です。なお、これは、評判を維持するために、仕事で一切失敗は許されない、という事ではありません。失敗した時には、どう立て直して乗り切ったか、そしてどうその教訓をその後にいかしたかという事のほうが大切です。

十戒の最後は「チャンスをつかむ、失敗を恐れない」と締めています。西尾副総裁は、自身のバスケットボール選手としての経験から、ゴール近くでボールが回ってきたら、いつもチームメイトにパスしてしまうのではなく、チャンスを見て自分でシュートしなさいと言っています。世界銀行の仕事では、経験のある職員はもちろん、中途採用者でも比較的キャリアの浅い若手でも大きな活躍のチャンスが巡ってくる場面があります。そういった時には迷わず自分でシュートし、そのシュートが決まる確率が高まるように常日頃鍛錬して置くことの大切さを述べています。チームワークを重視する日本の職場ではボールをもらっても上司や先輩にすぐパスをしようとすることが多いと思いますが、世界銀行では、それではいつになってもチャンスは回ってきません。私自身の経験では、そもそも自分にパスが回ってくるように、日ごろからチームからの信頼を構築していく事や、万一シュートが失敗してしまった時でもすべての信頼を失わないような足場を確保しておくことも重要だと思います。

 

まとめ

35年近くにわたり世界銀行グループ、そして国際開発金融の世界でさまざまな経験を積んできた西尾副総裁のキャリアアドバイスを自身でまとめたものが「キャリア十戒」です。キャリア十戒のそれぞれの項目は、相互に関連しており有機的に作用しているとも言えます。また、所々に世界銀行グループの人材戦略を紹介したリンクを張りましたが、人事管理学的にも裏付けされており、キャリア構築のために普遍的なアドバイスと言えるでしょう。

現在皆さんがいらっしゃる組織と世界銀行グループとでは、ビジネス体制も組織風土も異なっているとは思いますが、グローバルキャリアを目指す方々にとっては、有意義なものであると思います。また、日本人職員としての経験も踏まえ、特に日本人が気にかけるべき項目にも注視しています。その上で、人事としての私の知見も加えさせていただきましたので、西尾副総裁のキャリア講演等に直接参加する機会のなかった方にもぜひ参考としていただければと思います。

西尾昭彦 開発金融総局担当副総裁と戸崎智支 HRビジネスパートナー
本稿の打ち合わせ時の様子。この日も西尾副総裁は外部向けのセミナーの講師として招聘され、世界銀行で働く魅力や自身のキャリアについて講演していました。

 

筆者略歴

The World Bank
戸崎智支 人事総局 HRビジネスパートナー
Satoshi Tozaki, HR Business Partner

早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄道会社、外資系会社勤務。その後アジア経済研究所開発スクール(IDEAS)を経て、コーネル大学にて産業労働関係学修士号を取得。多国籍企業の人事マネージャーとして北アメリカ、東南アジア、日本法人等で勤務後、2014年に国連に移り、国連人口基金(UNFPA)ニューヨーク本部人事戦略および分析担当官を歴任。2016年に採用担当官として世銀に移籍。金融、保健、環境、およびインフラ関連の専門家、エコノミストの採用を担当。2018年よりHRビジネスパートナーとしてクライアントサービスチームに異動。日本人リクルートミッション事務局運営担当も歴任。世界銀行グループにおける様々なグローバル人事・ダイバーシティイニチアチブに携わる。

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