特集2025年8月1日

調達改革のねらいと日本企業への期待(国際開発ジャーナル2025年7月号掲載)

(記事転載)

日本の「質高インフラ」受注にも追い風

世界銀行は2025年3月から、投資やプロジェクト融資に伴う調達業務の改革に新たな措置を導入した。日本政府や企業に対する説明のために5月上旬に来日した世銀のヒバ・タブーブチーフプロキュアメントオフィサー (CPO) に話を聞いた。

時代の変化に応じた組織改革

世銀は、第二次世界大戦で荒廃した欧州の戦後復興を目的に、1944年に創設され、昨年80周年を迎えた。国際連合が国連憲章で定める専門機関の一つである。日本の東海道新幹線や高速道路、発電所、製鉄所などの建設にも融資し、戦後復興と経済成長を支えた。

その後、世界情勢の変化に伴い、世銀の目的は当初の戦後復興から、 開発途上国の支援に変化した。その中で、変化する時代の要請に応じて組織改革を続けてきた。調達制度の改革もその一つだ。

調達分野のトップとして改革を指揮するタブーブ氏にとって、今回は3度目の来日となった。調達制度の新たな措置について財務省国際局に説明した他、日本企業向けのビジネスセミナー「世界銀行調達制度のRated Criteria: 価格に見合った公正な価値の確保に向けて」を開催した。

セミナーは日本の大企業向けと、中堅・中小規模の企業向けでそれぞれ実施。さらにタブーブ氏は各企業との一対一の説明会にも対応し、並々ならぬ力の入れようを示した。

世銀では、現在のアジェイ・バンガ総裁がマスターカードなどグローバル企業の経営者出身という背景もあり、調達改革に熱心になっているようだ。

タブーブ氏は「バンガ総裁の考えでは、世銀は業務上、市場と民間企業との連携を強化したい。日本企業には世銀の融資にもっと関わってもらい、デジタル技術や、質の高いインフラ実施に伴う知見を今後の調達改革に取り入れていきたい。それを実現することによって一層魅力ある調達ができるようになり、国際協力においてもさまざまなイノベーションや技術の供給につながっていくだろう」と述べた。

価格的要素から質的重視に転換

タブーブ氏によると、世銀の現在のポートフォリオは、世界145カ国で実施されている約1,500件のプロジェクトに総額約2,500億ドルのコミットメントを有している。投資プロジェクト融資における民間企業からの資材・サービス調達契約は、年間平均で約37,000件、総額約$180億ドルに上る。過去5年の累計では約20万件、総額約870億ドルの調達契約があったという。やはり世界最大の国際開発機関ならではの調達規模である。

世銀の調達業務の制度整備は、1964年に作成した調達ガイドラインに基づき制度化、実行されてきた。世銀は被援助国に対して技術支援を提供し、受託者責任の監督を担当している。また、契約締結前に大規模契約の事前審査を実施し、小規模契約については事後審査を実施している。

2016年には、新たな調達制度の連用が開始された。タブーブ氏は「以前は透明性、効率性、実効性、公平性や地元産業の育成を重視していたが、 2016年以降は、被援助国が直面する具体的な開発課題に密接に連動した調達アプローチを設計するため、被援助国との連携を強化している」と語る。

新たな調達フレームワークには、目的適合性があり、選択の自由、品質、および公共支出におけるValuefor Money (VfM) を反映した調達アプローチの柔軟性を促進している。

VfMとは、入札評価の基準に「価格的要素」のみならず、「非価格的要素」も取り入れる考え方だ。持続可能性への配慮など、価格評価しにくい要素についても考慮する。この概念によって「最低価格」による落札者ではなく、「最良価格」による落札者を選定することができるようになった。

こうして価格評価だけでなく、非価格的要素を評価することによって、質の高いインフラ整備を進めてきた日本の慣行が、世界中から注目されるようになった。例えば、建設物の調達において環境に配慮しているか、現地での雇用創出による持続性にも貢献しているかなどがある。

また、ライフサイクルコストの評価も重要な要素になってきた。これは製品や設備などの企画・設計から、運用・保守、最終的な廃棄に至るまでの全期間に発生する総コストのことで、導入に伴う初期投資コストだけでなく、運用や廃棄のコストなども含めた「生涯費用」を意味する。日本企業は「初期投資コストが高いが、ライフサイクルコストは割安」と言われてきただけに、この評価姿勢は追い風にもなってきた。

一方、 Fit for Purpose の原則は、調達を進める上でアプローチをメニュ一方式にし、被援助国が選べるようにした。タブーブ氏は「その国に一番良いサービスのデリバリーにつながるものを選べる」と言う。

被援助国やピジネス界の声を反映

2024年、世界銀行グループの独立評価グループ (IEG) は、 2016年の調達枠組みに関するレビューを実施した。タブーブ氏は「IEGが行ったレビューでは、調達における品質重視の在り方がセクターや国によって異なり、一貫性に欠ける面があることが指摘された」と語る。こうした指摘を受け、被援助国やビジネス界からの広範なフィードバックを反映し、新しい要件の導入が進められた。

その結果、今年3月に加わった新要件の骨子は以下の通り。

  1. 競争入札によるほとんどの国際調達において、品質のウエイトを最低50%とする。
  2. 推定価値が1,000万ドル超の契約の場合、初期段階の市場関与が優れた入札者の誘致と調達戦略の最適化を図るプロセスの一部と位置付ける。
  3. 被援助国と協力し、小規模な契約をより大きなパッケージに集約し、サプライヤーの支払いリスクを軽減するための直接支払いオプションを提供する。

世銀はこれらの新しい措置に関し、被援助国と世銀職員を対象に研修プログラムを実施している。また、プロジェクト調達戦略、市場関与アプローチ、品質の重み付けなどについて、支援、監視、精査を強化していく。

タブーブ氏は「エネルギー消費をどれだけ抑え、クリーンエネルギーをどれだけ使っているかなど品質の面で重み付けを加えることで、 ESG投資候補としても貢献できる。調達を通じて環境にポジティブなインパクトに寄与できる」と語る。

品質重視の日本企業に追い風

2016年の新要件に加え、今回の調達改革によって、入札時に品質項目がさらに重視されるため、製品やサービスの品質に優れた日本企業にとって競争的な調達において大きなアドバンテージとなりそうだ。

調達の初期段階から参画することで、世銀と企業の双方が早い段階から対話を重ね、共通理解のもとで調達プロセスを進めることが可能になる。

さらに、 2024年の改革では、小規模な契約を大規模なパッケージに統合する事が可能となり、世界銀行融資プロジェクトの契約が自社にとって規模が小さすぎて利益が出ないと感じていた企業をひきつけるための措置が講じられた。

タブーブ氏は「日本企業には世銀の事業にもっと積極的に参加してほしい。それは日本のためだけでなく、被援助国にとっても良いことだ。日本の技術とイノベーション、さらには日本の働き方が、世銀融資の投資プロジェクトがより良い開発成果を達成するのを支援できるからだ」と述べた。

世界銀行 CPO ヒバ・タブーブ氏 Hiba Tahboub 

パレスチナ出身。都市・地域計画および水資源工学の専門家。 1996年、世銀に入行し、中東・北アフリカ地域総局のプロジェクトオフィサーなど調達業務・政策に関係するさまざまな役割を担う。業務政策•国別サービス総局で主任調達専門官、ガバナンスグローバルプラクティス調達マネージャー、東アジア・太平洋、東部・南部アフリカ、ヨーロッパ・中央アジア各地域総局の調達マネージャーを歴任。 2024年9月から現職。

 

調達改革のねらいと日本企業への期待(国際開発ジャーナル2025年7月号掲載)(PDF)

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