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開発の仕事へのきっかけを作ったインドネシア駐在
大学を卒業後、日本の民間金融機関に就職しました。海外で働きたいと思っていたので、海外勤務を希望して4年目にインドネシアのジャカルタ支店に赴任しました。為替や法人融資といった銀行業務を担当していましたが、駐在しながら現地の人々の生活を間近で見るうちに、開発途上国のために自分ができることはないのか、という思いを漠然といだくようになりました。
インドネシア駐在にも慣れてきた頃、我が家で働いてくれていたメイドさんが、ある時病気で亡くなってしまったんです。後日、お金が無くて病院で治療を受けることができなかったと知り、彼女のような人を助けることができないか、と強く思うようになりました。そんな時に、国際機関が開催するインフラのセミナーに参加し、国際金融公社(IFC)やアジア開発銀行(ADB)の活動を知ったことが、国際機関の仕事に関心を持ち始めたきっかけです。その後は勤めていた銀行でも途上国開発を通じた雇用の創出に関わることができるプロジェクトファイナンスの仕事を希望し、約12年、主にアジアやアフリカの案件組成を担当しました。
自分の専門分野を活かしてMIGAへ
銀行でプロジェクトファイナンスの仕事をしていくうちに、次第にジレンマを感じるようになったんです。銀行でも途上国のプロジェクトに融資をするので、経済成長に対するプラスの影響はあります。しかし、民間金融機関の目的はあくまで利益重視なので、リスクの高いプロジェクトへの融資ができないといった限界があります。もっと途上国の開発に直接的にかかわる仕事がしたかったため、国際機関の空席情報などを探し始めました。しかし、自分の専門性を活かしたいと思ったため、そうしたポジションにめぐりあうまでに数年かかりました。現在のMIGAの駐日代表のポジションは、LinkedInで知りました。これまで日本の投資家とは一緒に働いた経験があり、途上国でのプロジェクトファイナンスを手がけていたことから業務知識もあり、自分の経験を活かすことができると思い応募しました。
私の場合は40代で転職したのですが、当時シンガポールに住んでいたため、東京への引っ越しや子供の教育環境の変化など、家族のことを考えなければいけませんでした。しかし、開発に携わりたいという強い気持ちがあったため、家族と職場の上司に、素直に思いを伝えました。自分の心に素直になって話すことで、転職に関して妻と息子を始め全員のサポートが得られたというところが大きいです。
日本の投資家が途上国に投資する際の政治リスクを保証
現在は、日本の銀行や商社、メーカーが途上国でプロジェクトを行う際に非商業的な政治リスク(通貨の兌換や送金の制限、政府による契約不履行、収用、または戦争、内乱等)に対して保険を提供し、日本からの民間資金を途上国に向けられるよう支援しています。
MIGAの強みは、プロジェクトに支障をきたしかねない政治リスクに対して解決のための支援を行うことができることです。全世界でこれまでに保証した約750件の保証引受のうち、約100件ほどで支援が必要となりましたが、MIGAが世界銀行のネットワークなども活用しながら解決の仲介を行い、国有化事案の2件、戦争・内乱事案の4件の計6件以外は、すべて解決しています。
2011年からは、従来の政治リスク保証に加えて、民間金融機関などの投資家による開発途上国政府向け融資の、債務不履行の保証も提供しています。さらに2013年より、一部の国営企業にも債務不履行の保証を行っています。
MIGAは事業規模の割に職員が少ないため、一人ひとりの責任が大きく、自分たちの判断でその案件がまとまるかどうかがきまるので、やりがいを感じます。MIGAだけで保証が出来ない時などは、他の輸出入金融機関や国際開発機関と協力することもあります。
多様性に富む職場環境
働きやすさという点で、時差や地域を考慮して、会社以外のどこからでも会議に参加できるようなIT環境も整備されています。そのかわり、成果に対する評価は厳しく見られますので、自分やチームを管理することが重要です。
シエラレオネにおける案件支援
関連項目
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