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By Ishan Khokar, Helen Gall, and Kasumi Shirahata
交通インフラについて議論する際、私たちはしばしば道路、鉄道、港湾、車両といった「ハード面」に注目しがちです。しかし、交通分野への投資の本質は「人」にあります。誰が機会にアクセスできるのか、誰が労働市場に参加できるのか、そして誰が経済成長の恩恵を受けられるのかという点こそが重要です。
交通分野は、近年では一定の進展が見られるものの、依然として世界で最も女性の参画が少ない産業の一つです。女性は、世界の運輸・物流分野の労働力全体のわずか12%を占めるに過ぎず、陸上交通分野ではその割合は5%まで低下します。
さらに、制度的・法的な障壁も依然として存在しています。世界銀行の『女性・ビジネス・法律(Women, Business and the Law:WBL)』データベースによれば、73の国・地域で、女性が交通やインフラ分野を含む特定の職業に就くことを制限する法的規制が少なくとも一つ残されています。例えば、女性の夜間勤務を制限する規定や、危険・重労働あるいは「不適切」と見なされる職種への就業を認めない規制などがあり、交通やその他のインフラ分野への参画を妨げる要因となっています。
こうした課題に対し、交通分野への投資を通じてどのように対応できるかを探るため、世界銀行の「質の高いインフラ投資(QII)パートナーシップ」チームは、日本政府の支援のもと、2026年7月24日に世界銀行東京事務所との共催で公開セミナーを開催しました。『She Drives Change』ツールキットを中心に、開発機関、政府機関、学術界、民間企業、そして一般参加者が集い、次の問いについて議論を深めました。
「交通分野への投資は、移動の改善だけでなく、女性の雇用、起業、経済的機会へのアクセスをどのように拡大できるのか。」
本セミナーを通じて、交通分野における女性の経済参加を促進するための重要な示唆が共有されました。
インフラはジェンダー中立ではない
議論の中心にあったのは、インフラ投資は決してジェンダー中立ではないという認識でした。女性が交通システムの恩恵を受けられるかどうかは、法制度、労働市場、組織慣行、社会規範、安全性、金融アクセスといった幅広い要素によって左右されます。
『She Drives Change』ツールキットでは、こうした課題を以下の3つの相互に関連する視点から整理しています。
- Mobility(移動)
- Employment(雇用)
- Entrepreneurship(起業)
この枠組みは、女性を単なる交通利用者としてではなく、交通分野の労働者、技術者、運行管理者、経営者、起業家として捉えています。
つまり、女性の経済参加をプロジェクト設計や実施に組み込むことで、交通分野への投資はより大きな開発効果を生み出すことができるのです。
モビリティから経済的機会へ
セミナーでは、「交通アクセスの改善」から「経済参加」へと視点を広げる重要性が強調されました。
これまで交通プロジェクトでは、安全性向上や移動サービスの改善を通じてジェンダー課題に取り組むことが一般的でした。しかし、それだけでは雇用や経済的エンパワーメントを妨げる構造的な障壁を取り除くことはできません。
『She Drives Change』ツールキットは、都市交通、鉄道、航空、海運、地方道路、物流回廊など6つの交通サブセクターにわたり、実務者が状況に応じた解決策を検討できるよう支援しています。セミナーでは、その有効性を示す事例も紹介されました。
- アゼルバイジャン
長年維持されてきた労働規制により女性が674職種へ就業することを禁じられていました。しかし、継続的な政策対話、法制度分析、労働安全衛生評価を経て2022年に規制が撤廃され、アゼルバイジャン鉄道では初となる女性運転士育成プログラムが立ち上がりました。
- タンザニア
モビリティの改善と人材育成を組み合わせた取り組みが実施されました。体系的なエンジニア育成プログラムを通じて、数百人の卒業生が公認技術者(登録エンジニア)となり、そのうち約半数を女性が占めました。
これらの事例は、ジェンダー包摂とは単に女性の参加人数を増やすことではなく、質の高い雇用や専門職、リーダーシップの機会を創出することであることを示しています。
対話から見えてきたこと
ツールキットそのものに加え、セミナーでは多様なステークホルダー間における対話の重要性も浮き彫りになりました。
JICA(国際協力機構)のプロジェクトオフィサーからは、プロジェクト形成時に直面する課題が提起されました。女性の就業を制限する法制度が残る国で、どのように女性の参加を促進すべきかという問いです。これに対し、世界銀行の専門家からは、『女性・ビジネス・法律』データベースなどを活用して早期に法的障壁を把握し、政策対話を組み込む重要性が共有されました。
また、データ分析やデジタル分野の民間企業からは、テクノロジーによるジェンダー包摂の可能性について議論が行われました。デジタル技術はデータに基づく意思決定やモニタリングを強化できる一方で、社会規範や制度的課題を変革するためには、政策改革や行動変容の取り組みと組み合わせる必要があることが指摘されました。
さらに、学術界からは交通分野への投資が生み出す経済への波及効果に着目しました。交通ハブや駅周辺では新たな雇用や商業活動が生まれ、女性起業家への金融アクセスや理工系教育(STEM)への女性参加促進の重要性も強調されました。
こうした議論から見えてきたのは、ジェンダーに配慮した交通システムの実現には、政策、インフラ、労働市場、教育、金融、テクノロジーを横断した取り組みが必要であるという共通認識でした。
次なるフロンティア:雇用、調達、経済成長
交通分野への投資は、人々の移動パターンだけでなく、地域経済そのものを形づくります。
女性がこうした新たな経済圏に参加できるようにするためには、以下のような政策的アプローチが不可欠です。
- 女性起業家への金融アクセス支援
- 物流回廊や交通拠点周辺における女性起業支援
- STEM(科学・技術・工学・数学)教育の推進
- 包摂的な調達制度の構築
近年では、公共調達もジェンダー包摂を推進する有力な手段として注目されています。ジェンダー施策を個別の活動として扱うのではなく、調達プロセスそのものに包摂性を組み込むことで、誰が雇用され、研修を受け、契約を獲得し、昇進するのかに影響を与えることができます。
現在、QIIの支援による新たな取り組みでは、価格だけでなく雇用や社会的価値も評価する調達制度(Rated Criteria)や現地労働者の30%雇用要件(30% Local Labor Requirement)などの調達アプローチを通じて、地域雇用の創出と包摂性の向上をどのように最大化できるかについての分析が進められています。
今後に向けて
日本政府の支援によるQIIパートナーシップのもとで開発された『She Drives Change』ツールキットは、質の高いインフラ投資の理念を実務的なツールへと落とし込んだ好例です。公開以来、本ツールは100を超える国・地域で累計1万件以上のダウンロードおよびウェブサイトアクセスを記録しており、交通分野における女性参画を推進する実践的手法への高い関心を示しています。
交通分野への投資は、単なる移動の改善にとどまらず、質の高い雇用、起業の機会、そして経済的機会の拡大を通じて、女性の人生を大きく変える可能性を持っています。今や問われているのは、「交通分野への投資は女性に利益をもたらすことができるのか」ではありません。すでに多くの証拠が、その答えを示しています。
これからの課題は、その知見を政策、投資、調達の仕組みに落とし込み、女性の経済参加をインフラ開発の中心に据えることです。
それは単なる包摂(インクルージョン)の問題ではありません。交通投資がもたらす経済的・社会的リターンを最大化し、より持続可能で包摂的な成長を実現するための重要な鍵なのです。
She Drives Change Toolkit(インタラクティブ・デジタルプラットフォーム):
https://shedriveschange.worldbank.org/
世界銀行主催セミナーイベントページ: She Drives Change Toolkit 公開セミナー(2026年7月24日開催)
セミナー発表資料(PDF):
She Drives Change Toolkit プレゼンテーション資料(2026年7月24日 ナト・クルシタシュヴィリ)
サモアでの取り組み動画(YouTube):
Building Roads and Bridging Gender Gaps in Samoa | World Bank
Women, Business and the Law(女性・ビジネス・法律)データベース:
https://wbl.worldbank.org/
国土交通省「ジェンマチ」インタビュー記事:
ナト・クシタシュヴィリ世界銀行上級運輸専門官インタビュー
質の高いインフラ投資(QII)パートナーシップ:
https://www.worldbank.org/en/programs/quality-infrastructure-investment-partnership