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特集2020年12月17日

鈴木千穂 世界銀行 タンザニア事務所 上級保健専門官~第56回 世銀スタッフの横顔インタビュー

自分の興味にアンテナを張り、周りの人から示されるチャンスを掴み、行動力でヒラリヒラリと飛び移るように様々な職場を経験してきた鈴木さん。同僚や与えられた機会への感謝とともに、とてもポジティブで、すぐに仲良くなってしまいそうな楽しいエネルギーに溢れていた。開発に関わる様々なプレーヤーを見てきた彼女だが、そのキャリアには「女性の保健と地位向上」という一貫性がある。そこにはどんなストーリーがあったのだろうか。

Chiho Suzuki

The World Bank

東京都出身。旧アジア経済研究所開発スクール(現・経済研究所開発スクール)を経て、米国コーネル大学で開発とコミュニケーションの修士号、米国チューレーン大学で国際保健と開発の博士号を取得。国連(UNFPA、UNICEF)、日本政府による開発援助の現場(日本大使館、JICA)、米国の援助組織(Macro International/ICF, FHI360)など、開発に関わる様々な組織を通じて、アジア・アフリカ・中米における女性と子供の保健の仕事に携ってきた。世界銀行にはミッドキャリア採用を通じて2017年に入行、タンザニア事務所に赴任。タンザニアの母子保健・栄養問題を担当。趣味は手作り・ものづくり(陶芸、キルト、編み物)、そして日本をはじめ世界のさまざまな地域の織物・布、民芸にふれること。

ボランティア経験を仕事に

もともと開発の道に興味を持ったきっかけは、大学時代に、1970年代に起こっていた飢餓や難民問題を分析した、犬養道子さんの『人間の大地』という本に非常に感銘を受けたことです。この本は、当時開発に携わる人はみんな読んでいるような、インパクトのある本でした。そこで民間の日本ユネスコ協会連盟で、募金活動のボランティアに参加しました。大学生・社会人の期間を通じて8年近くやったこのボランティア活動が、今のキャリアの土台になっています。そのうち、ボランティアではなく仕事で何か貢献できないかと考え、勤めていたCNNの東京支局をやめて、旧アジア経済研究所開発スクールに入学しました。

スクールの2年目には奨学金を頂いて留学させてもらうことができ、興味のあった開発とコミュニケーションの分野のあるアメリカのコーネル大学に入学。そこで開発の勉強と、家族計画教育、栄養教育などを勉強したのち、外務省のJPO試験に合格し、国連人口基金(UNFPA)の仕事でパキスタンに赴任しました。

保健分野に興味を持ち、再び大学院へ

The World Bank
ヘルスセンター視察(タンザニア本土、プワニ州バガモヨ)
パキスタンには合計3年いましたが、当時のパキスタンの保健所や病院での光景は今でも焼きついています。女性によっては14人も子供を産んでおり、不妊・避妊手術をするのは女性なのですが、手術をした後、場所がないので廊下に回復するまで横たわっていたのです。南アジアでは一般的に家庭内も含めて女性の地位が低く、子沢山が女性の価値と考えられている一方で、女性には意思決定の力がありませんでした。さらに女性の識字率も低く、学校にも行けていいませんでした。しかも夫が好まないということで、女医を探さなければならず、様々な意味で、女性が産前検診からお産までのサービスにアクセスするために、ものすごいハードルがあったのです。それを見るうちに、女性の保健や女性の社会的地位といった分野に特化したいと思うようになりました。

3年目には、首都以外で何が起きているのか見たくて、もう少し開発の現場に関わりたいと思っていた時に、日本大使館がちょうど人を探しており、親切にも声をかけていただけて、草の根無償資金協力事業のお手伝いをしました。1年間でしたが、保健以外の分野も見ることができ、灼熱の砂漠を歩いてたどり着いた村で、「旅人に一杯の水を」ともてなされて、いただいた水が濁っていたりと、厳しい環境を見る一方で、希望を持てる光景も見ることができ、人生の中で最も印象に残っています。

最初の修士号は公衆衛生ではなかったのですが、当時お世話になったパキスタン人の職員に背中を押され、もう一度大学院に戻りました。今度はチューレーン大学で公衆衛生を学び、教授やリサーチの機会に恵まれ、博士課程では奨学金の支援も得ることができ、修士と博士で6年くらいお世話になりました。

データ分析から、プログラムでのデータ運用へ

The World Bank
乳幼児栄養プロジェクト策案に伴うフィールド視察、コミュニティヘルスワーカーの方々と(タンザニア本土、モロゴロ州 ウルガンダ)
大学院卒業後は、ワシントンDCの援助関連の調査会社でナミビアを担当し、米国国際開発庁(USAID)のミッションが使うための解析や指標作りを担当しました。2000年代から2010年代にかけては、世界規模でHIV/エイズの資金がたくさん投入された時期でした。すると今度はこうした分析がプログラムにどう生かされているのか、実態がどうなっているのかに興味が湧き、約1年後に国際NGOである旧FHI(現・FHI360)に転職しました。アフリカ数カ国のFHI360のプログラムのモニタリング評価を担当し、出張しては現地事務所の同僚たちと一緒にプログラムで支援していた医療施設のデータの収集、、またドナーである米国政府や財団などに提出する報告書の作成に関わりました。米国では議会が非常に強く、「この1ドルで何人の子供に何ができたか」というような議論がされるため、米国政府支援のプログラムはモニタリングの指標やデータに非常に力を入れていました。2年後にはナイジェリア事務所に移動し、さらに1年半ほど勤務しました。

その後、ユニセフのニューヨーク事務所のデータ分析の部署に転職し、約6年ほど勤務しました。ユニセフのHIV/エイズの部署と母子および青少年の保健を中心に、主にデータの収集と分析に関わる支援を担当しました。例えば、ジンバブエ政府がグローバルファンドに企画書を出す際にデータが必要なので、世界国際保健機関(WHO)とユニセフが協力してチームを組んで1週間ほど現場に行き、保健施設からデータを収集・分析して、ジンバブエ政府が使えるようにする、といったことです。でも仕事をしていく中で、開発はやはり対象国に身を置いて関わりたい、と考えていたところ、世界銀行が募集する日本政府の支援による職員採用プログラム(DFSP)のミッドキャリアで、ポジションの1つにタンザニア事務所の保健分野のポジションの募集がありました。このポジションに合格し、2017年に世界銀行に入行しました。全てはご縁と運とタイミングでやってきたように思えます。

上級保健専門官の仕事とは

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乳幼児栄養プロジェクト策案に伴うフィールド視察、コミュニティヘルスボランティアの活動について話を聞く(タンザニア、ザンジバル)
世界銀行のタンザニア政府の保健セクターへの支援は、母子保健および栄養の改善をその主な目的としています。タンザニアのメインランド で全国展開する母子保健のプログラムに世界銀行が融資し、タンザニア政府が合意した成果に向けてプログラムを実施するもので、年に2回ほど組まれるミッションにチームメンバーとして参加し、その進捗状況を議論し、ドナーとの協調会議にも参加し、関連するデータを使った調査解析をしています。また、政府が保健分野における向こう5年間の戦略計画を策定する際にもその方向性を検討したり、テクニカルインプットを提供したりします。それから、近年世界的に乳幼児期の子供の発達に対して支援を拡大する動きがあり、タンザニア政府でもそうしたプログラムを作ろうとしていたため、その案件のプログラム作りにも参加しました。

従来の母子保健分野では、家族計画や出産の環境整備、予防接種などが中心でしたが、最近では経済成長の過程で、健康で教育を受けた経済の牽引力となる人材が必要であるという観点から、多角的な視野に立った保健プログラムが展開されています。受胎から約2歳までの期間が、子供の栄養だけでなく脳の発達において重要な時期とされていますが、慢性的な栄養失調などがあると、学校での認知力や学習能力に影響し、進学や就職にまで影響してしまいます。 長期的に見ると、保健が国の発展を支える人材にまで影響していると考えられるわけですね。

これまでの延長線上に今の仕事がある

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乳幼児栄養プロジェクト策案に伴うフィールド視察、コミュニティヘルスボランティアの方々と(タンザニア、ザンジバル)
世界銀行は特にエビデンス重視で、プロジェクトがどのような結果をもたらしたのかを何らかの形で評価しようとします。情報を収集し、それを途上国のカウンターパートが分析してモニタリングにつながり、政策のコンサルテーションにつながっていきます。振り返ってみると、データや情報に触れるこれまでの仕事の延長線上に今の仕事があり、経験が活かせていると思います。また、パキスタンで抱いた女性の保健や社会的な地位に対する思いは、世界銀行でのリプロダクティブ・ヘルスの仕事につながっています。知識とデータを使う技能が土台となり、うまく繋がって今の仕事に役立っています。

世銀の融資の配分を見ると、インフラが占める比率が高く、保健や教育分野は相対的に多くありません。それでも、少なくともタンザニアでは、直接政府に資金が提供されるという意味でも、 他のドナーに比べると協力の規模は最大です。資金力の大きい世界銀行では、例えば相対的に小規模である程度成果を上げた・成功させたプロジェクトから学び、それをどうやって国レベルで展開していくかといったスケールアップができますが、そのようなスケールの支援ができるのは世界銀行ならではの重要な役割ではないでしょうか。世界銀行の資金力がもたらす可能性は大きいと言えます。

アフリカには変化の可能性がたくさんある

アフリカの強みは、人口が若く、それゆえにエネルギーがあり、「変化の可能性がある」ことです。また、アフリカでは色々と制約があるために、工夫をします。そういう意味で、私たちの尺度では考えられないようなスピードで、形で、社会が変わっていく可能性を多く秘めています。それがチャレンジでもあり、面白さ、醍醐味でもあります。

ただし、教育が課題です。初等教育はかなり普及してきましたが、中等教育に進んで、その後高校を卒業させるというステップが課題で、特に女の子は厳しいです。子供の数が多く、先生の数が足りていません。経済を牽引する人材を育てる部分でまだやれることが残っており、そうした人材が成長するための環境や雇用の場が追いついていません。

また、グローバル化とデジタル化の時代は、人を使わなくても色々できてしまう時代です。アフリカは、大量に工場で働く人材を送り込んで成長した東南アジアとは全く違う時代の流れの中にいるため、アジアとは異なる経済成長を辿らなければならないと思います。

私たちが蒔く種が、将来の変化の可能性を秘めている

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リプロダクティブヘルス・バウチャー制度プロジェクトの裨益者のお宅を訪問(ウガンダ、ムバララ)
でも悲観的ではありません。入り口はいくつもあると思っています。

例えば、1999年、パキスタン時代の案件で、標高8,000メートル級の地域にある北方の村から日本大使館に支援要請がありました。谷間にある水を村の女性が汲みに行かなければならないため、その水をパイプで村まで汲み上げる装置を作り、さらに各家庭に水が届くようにして欲しい、というものでした。私の任務は、その過程でため池ができたことを確認するところまでで、帰任となりました。ところが十数年後、ニューヨークのチェルシーを訪れた際にこの村と縁があったのです。ある募金活動の支援イベントに行ってみると、まさにそのパキスタンのスルタナバードのギルギットの村の写真があり、女の子が小学校だけでなく中学校を卒業するための寄付を募っているということでした。その寄付を受け取ることになる、パネル写真に写っている子供のお母さんたちは、水を汲み上げる案件の時には10歳程度だった子供達だったのです。そしてこの村が必要としているのは、水を汲み上げることから女子教育へと移っており、様々なことがつながっていることを改めて感じました。私は保健セクターが専門ですが、保健だけが変われば生活が変わるのではなく、入り口はたくさんあり、どこから入っていっても、社会を少しずつ揺り動かしているんですね。

今のアフリカでも、様々な課題がありますが、同時にいろんなところに入り口があります。アフリカにはアフリカのペースと変化の仕方があります。アフリカも、私たちを含め、多くの入口から各セクターが蒔く種が、変わっていく可能性を秘めているように私は感じます。15年経つとスルタナバードが女子教育をするようになっていたように。

新型コロナウイルス感染症に対する支援

世界中で新型コロナウイルス感染症が流行する中、世界銀行でも、途上国による国際的な感染対策強化、疾病監視の拡充、公衆衛生の改善に向けて、現在100カ国以上に支援を展開しています。タンザニア政府は、新型コロナウイルス感染症に対する勝利宣言をしていますが、世界銀行から短期・少額のグラントを受け、主に公衆衛生研究所や検査体制強化 、戦略的に選ばれた病院7カ所における酸素供給施設の支援とその訓練などに充てられています。また、現在ワクチン供給に向けて、WHOやユニセフと連携し、タンザニア政府との話し合いが始まっており、私もメンバーとして参加しています。たとえタンザニアで新型コロナウイルスの感染者がいなくなったとしても、外国との往来はありますし、観光業を維持するためにも、ワクチンは必要です。ぜひタンザニア政府には活用していただきたいと思います。

どの組織に入りたいかより、何をしたいか

国際協力の分野は、私が開発を目指した1997年頃とはだいぶ様変わりしました。当時、開発の主役は国連、国際機関と大使館や付随する機関が主役でした。ところが、2000年代中頃には財団が多額の寄付をするようになり、さらに2010年代には企業の社会的責任(CSR)の観点から、民間企業が国際開発に加わってきました。これから国際協力を目指す方には選択肢が多いと言えますが、プレイヤーは時とともに変わっていくので、「どこの機関に入りたいか」ではなく、「何をしたいか、どんな業務をやっていきたいのか」をまず考え、「それができる組織はどこなのか」と考えることが大事です。すぐにはわからないかもしれませんが、やりたいことが必要とされる場所・組織は必ずあります。

一方で世界銀行には、ヤング・プロフェッショナル・プログラム(世界銀行グループYPP)ミッドキャリアインターン 、コンサルタントなど、働く機会はたくさんあります。ただ、世界銀行は高度な専門性を問われる組織であり、開発のジェネラリストではなく、特定分野の専門家になっていく人が採用されやすい傾向が強く、世界銀行に入ってからもそれが問われます。世界銀行は専門家の集団であるため、特定セクターの専門性を磨くことが大事になってきます。

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